小下段からのチョイ突き

大上段に構えて書こうとしたら、ちっとも書けないので、ゆる~く書き始めました。

キングが死んだ日 エッセイです。エッセイだから実話だし、実話だからエッセイです(⌒∇⌒)

今回は少し雰囲気を変えて、先日某小説投稿サイトに投稿したエッセイを掲載したいと思います。

某投稿サイト、短編小説やエッセイは少ないかと思ったら、毎日結構な数の投稿があるので、あっという間に過去投稿作品として埋もれて行ってしまいます、、、。なので、折角なので数少ない発表の場としてこのブログにも載せることにしました。

タイトルは「キングが死んだ日」エッセイだから実話だし、実話だからエッセイです。

 

 

キングが死んだ日

 

キングが死んだ。

5年前の祇園祭金魚すくいで、子供がもらって来た金魚の中の生き残りだった。もう一匹の生き残り、“金ちゃん”の方は長年の相棒の死を知ってか、知らずか、水槽の底の方でじっと息をひそめている。

妻が朝起きてキングが死んでいるのに気が付いた。声が聞こえたので私も起きて行った。

“昨晩背中を出してずっと浮いていたので、大丈夫かなって思っていたのだけど、何もしてあげる事が出来なかった”

と言って妻は泣いていた。

たかが金魚。されど、ドイツから家族で帰って来て、今まで4年半程一緒に過ごした、言わば家族同然になっていたペットだった。

最初祇園祭から帰って来た時は、まだ小さくて、決して大きくはないビニール袋の中に金ちゃんとその他の仲間たち9匹ぐらいが入っていたハズである。その時から比べるとだいぶ大きくなったものだ。

最初は通常サイズの水槽を買って来て、その後に行った近所の神社でのお祭りでもらって来た金魚と合わせて11匹程を買い始めた。でも金魚すくいの金魚と言うのは一般的には弱いもので、殆どがすぐに死んでしまったが、恐らく生命力が強かったのだろう。キングと金ちゃんのみが生き残った。キングは最初から一番体が大きく、色も黒くて他の金魚たちとは明らかに異なっていた。我が物顔で水槽を泳ぎ回る。その姿からキングと名付けた。

金ちゃんの方は二番目に体の大きな仲間の内の一匹だった。二匹とも色がオレンジ色で区別はつかなかったが、最後はもう一匹の大きさと色がそっくりの仲間が死んで、キングと金ちゃんの二匹だけが残った。

水を替えたり、フィルターを掃除したりするのは私の仕事だった。最初は小さい水槽で、フィルターも小さいものだったが、だんだんと体が大きくなり、そうすると狭い水槽では泳げる範囲が限られるので可哀そうになって、大きな水槽に買い替えた。水槽が大きくなるとフィルターも大きくなる。フラワージャンボという八角形のペンタゴンみたいな形をしたフィルター付きエアレーターを二つ使って、2週間に一回は水替えとフィルター掃除をする。中に入っている石を取り出して、紙フィルターを掃除したい、交換したり。それだけで小一時間は掛かる結構な重労働である。たいていは日曜日の夕方、このフィルター掃除と水替えをしてから、私はシャワーを浴びて、単身赴任先の兵庫に戻って行く、と言うパターンが多かった。

キングをどのようにして葬るか、起きて来た長男も含めて話し合った。

川に流すとか言うのはダメらしい。小さい金魚であれば、近くに住む妻の実家の庭に埋めさせて頂いて来たが、キングは大き過ぎるので、それも難しい。ゴミに出すなどと言うのは論外である。と言うことでペットの葬式をしてくれる業者を調べる。

近くの山を登った先にペット専門の葬祭場及び墓地があることが分かったので、そちらに連れて行くことにした。

午前中は私も耳鼻科(先週突然、突発性難聴等というものに罹り、通院し始めたもの)があり、妻と次男もバプテスト病院の予約があったので、まずはそちらに行かなければならなかった。ちなみに長男は学校がある。

先ずはキングの体を水槽から取り出して、適当な棺に納めなければならない。水槽に巻き尺を当てて図ったら、体長は25㎝程になっていた。タッパーか何か適当な棺替わりになるものを探したが、結局適当な大きさの、お菓子か何かが入っていた紙製の箱に、水を含んだペパータオルを入れ、そこに安置する事にした。上からラップをかけて保冷剤を乗せる。

既設は冬だし、今日は気温も低いので、外出から帰るまでベランダに出しておく。

 

キングは途中までは全身黒かったけれど、餌の影響なのか暫くすると色が変わり始め、一時期は鼻の下あたりに黒い髭が生えているように見えるまだら模様になった。そして体が大きくなるにつれて色も赤くなり、最終的には、一目見ただけでは金ちゃんと区別がつかないような同じオレンジ色になった。金ちゃんの方も成長して、最初はキングより一回り以上は小さかったが最終的にはキングとほぼ同じ大きさになった。

4年前には私の勤続30周年記念で会社からもらったクーポン券や、それまで残っていたマイレージ等を利用して家族全員でドイツ・イタリアに旅行に行った。子供たちにとっては第二の故郷であるミュンヘンに2週間。私自身は途中から合流して先に帰る1週間の旅行だが、その間の二匹の面倒をどう見るかが問題だった。自動餌やり器とか、夏の季節だったので水温が上がり過ぎないように扇風機を当てて、しかもタイマーで制御するようにタイマーも付けて、万全の処置をして出かけた。おかげで二週間留守にしても二匹は元気だった。

 

金魚を飼うというのは簡単なようで意外に簡単ではない。どちらかが病気になって、薬浴の為に小さい水槽に移して隔離したことも1、2度ある。2回目の時は確かキングの方だったように思うが、(逆だったかな)、隔離した槽から元の大きな槽に戻して、それでも瞬く不安なので薬を薄めて入れていた。一昨年の年末である。

ところが驚いた事が起きた。

年が明けてすぐに水槽の中の様子が少しおかしい。水が汚れているような感じがしたので、水槽を掃除しようとしたら、透明なつぶつぶが、隅の方に沢山ある。次男は餌の食べ残しが沢山残っているんじゃないか、と言ったが、良く見ると“卵”であった。

何と二匹が卵を産んだのであった。

そういえば以前から金ちゃんがキングの事を事あるごとに追い回していた。金ちゃんの鰓のところには「追星」と呼ばれる白い斑点が沢山出来ていた。(と言うのはネットで調べて知ったことだが)。

更によく見ると、なんと卵の中に小さい黒い点がある。受精卵だ。

更によく見ると、なんと既に小さな小さな黒い稚魚があちこちにいるではないか。

慌てて小さい方の水槽に水を移し替えて、そちらにスポイトで稚魚を一匹一匹丁寧に移して行く。全部で30匹程いた。

正に奇跡である。

生き残った二匹は雄と雌で、キングの方が雌、金ちゃんが雄だった。

稚魚の方は水流が強いと泳ぎ着かれて死んでしまうという事なので、水草を買って入れて、その中に避難出来るようにし、また、エアレーターの空気量を調節出来るように小さなバルブを買って取り付けたりした。おかげで1カ月程の間にだいぶ成長し、一匹一匹色とか大きさで見分けがつけれるくらいになった。

ただ残念なことにやはり稚魚は育てるのが難しい。

水替え等をする内に一匹一匹と死んで行ってしまった。水草についていたタニシが二匹、死んだ稚魚の掃除もしてくれているようだった。

最後には稚魚は全て死んでしまった。

タニシは上の大きな水槽に移したが、1日もしない内にキングと金ちゃんに食べられてしまったようである。

 

午後、妻と一緒にキングを葬儀屋に連れて行った。京阪バスで2駅。すぐに着いた。

ペット用墓地を兼ねていて、昨今需要が多いのか、上の方の土地を拡張中だった。プレハブの事務所に入ると、女性が真摯な面持ちで対応してくれた。

金魚を火葬したいこと。お骨拾いは要らないが、共同墓地に入れて欲しい事などを伝えた。

女性はキングの名前や年齢(我が家に来て4年半)とかを聞いて、こちらが書類にそれを記入した。5000円追加で墓地の後ろに名札が掛けられるということだった。共同墓地にお参りに来た時も、それがあった方が良いだろうと思い、少し高いが追加で作ってもらうことにした。

たかが金魚、ではある。葬儀屋の方は内心おかしがっていたかも知れないが、妻はまた涙を流していた。

妻も子育てで苦労が多く、特に私が普段は単身で一緒にいないことからストレスも相当なものである。近くを通るだけで、寄って来て水面で口をパクパクさせるキングと金ちゃんは愛らしくもあり、妻にとっては心の安らぎになっていたのである。

葬儀屋のおじさんがCDでお経を流してくれて、簡単な葬儀が済んだ。その後また同じ女性が墓地の方を案内してくれた。葬儀をした部屋もそうだが、墓地の方もほとんどが犬の墓や写真で飾られていた。中にはごく一部猫が混じっていたりしたが犬が殆ど。やはり犬は違うのであろう。半年ほど前までいた職場で13年買った犬が死んだ話とか、何年も前に同じく13年くらい買った犬が死んだが、新しく豆柴を買い始めた話とかを聞いたのを思い出した。

帰りは歩いて帰ることにした。

距離的には大したことはないが、山道で一応ガードレールはあるが、歩道が狭い。

この辺りは昔から石が取れるのか、墓石等を作っている業者が多いようだ。

良く晴れた天気の日であった。

帰りにスーパーマーケットによって晩飯の材料を買って帰ることにした。

妻はキングも本当はもっと広い世界で自由に泳げ回れたハズなのにあんな狭い水槽の中で一生過ごすなんてかわいそうな事をした、と言いながらも、お経を上げてもらい、キングには出来るだけのことをしてあげれたので、気持ちがほっとしたようである。

私は、“もともとは祇園祭りの金魚すくいから助け出してきた訳だし、キングは良い伴侶に恵まれて、飼い主からもずっと良くしてもらえたのだから、良い魚生を送れたと思うよ”

と言った。

 

2021年1月31日 土曜日

 

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